唐突に家造りと関係ない記事ですみません。
過去に骨髄バンクのドナーになったことがあるのですが、ドナーとしての経験談が誰かの役に立ったらなあと思い立ったので今日はそんな話をさせてください。
ドナーについて調べている人の検索にでも引っかかって、少しでも参考ななったら幸いです。




私がドナーとなったのはまだ独身の頃なのでもう10年前くらいになるかもしれません。
正確な日付は調べたらわかると思うのですが忘れました(笑)

ドナー登録のきっかけ
登録をしたのはそこから更に1年前くらいだと思います。
なんかのイベントに遊びに行ったら献血をされてまして、献血をしたのですがその隣に骨髄バンクのドナー登録も受付されていのたので、まあ軽い気持ちです。
誰かの役に立ちたい!とか私の骨髄で助かる命があるならば!とかそういう高尚な気持ちも献身的な気持ちもほどんどなかったです。
当時はあんまり適合しないというイメージだったし、もし適合するならそのときは提供しよう。くらいの気持ちだったと思います。

適合のお知らせ
骨髄バンクに登録したら4か月に一回活動お知らせ文章が届いていました。
それは長3封筒というサイズでA3が三つ折りで入る小さいサイズの封筒で届いていました。
適合のお知らせは角2封筒。A4が折らずに入る封筒です。あれがきました。
最初来たときは、「あれ?いつもの定期報告封筒と違うな?」と思いました。
そして開けてみると適合したという連絡でした。
そしてその中には
骨髄移植を希望する患者さんがあなたと適合するんですけど、本当に提供に意思がありますか?
という意思確認の返事をするようになっていました。
正確な文章はもちろん忘れてますが、そんな感じだったと思います。

意思確認〜コーディネーターからの連絡
意思確認の中には私個人の意思のほか、家族の意思確認もありました。
そのときは独身だったし親と一緒に暮らしていたしで親の意思も確認しました。
私の親も私よりずっと前に骨髄バンクに登録していたので、適合するなら、私がいいと思うなら提供したら?という感じ。
リスクの心配はしてくれていましたけどね。
あとは仕事の都合も確認。
独身の時は飲食業に勤めていまして、土日祝日関係ない仕事でしたが割と融通のきく会社だったので事情を話すと快く休みを取らせてくれました。
私の意思は、やっぱりリスクなんかは調べましたが、確かにリスクはあるけれど、私の気持ちで助かる命があるならば、提供しようと決めました。
自分と家族と職場の意思や事情を確認して、提供する意思がありますと返事をすると骨髄バンクのコーディネーターさんから連絡がありました。

さらに詳しい説明と詳しい検査
さてそんな強い決意をして返事をしたのですが、なんとそのときは私と同じように適合しました通知がきた人が同時に私を含めて3人いたそう!
あんまり適合しないイメージだったのですが適合するときは適応するんですね。
適合した人が3人もいたからというわけでもなく、その次は詳しい説明と詳しい検査でした。
一人で行っても良かったのか誰かと一緒じゃないといけないのか忘れましたが詳しい説明は母と聞きに行きました。
コーディネーターさんからの紹介で専門の先生からどういう風に提供するのか、どんなリスクがあるのか1時間くらいじっくり説明された気がします。
その後血液検査。
どのくらい血を取ったかはもうすっかり忘れて思い出せる気がしません(笑)
そして入院して骨髄をとるのは、ドナーの住む県の指定病院から選ぶ形でした。
私の住む県はド田舎なので大学病院とか3つくらいからしか選べませんでした。
そして私の勘違い。
ドナーは患者さんのいる県に行ってそこで提供するのかと思ってました。
飛行機に乗るは私の髄液だけでした(笑)

ドナー本決定〜自己血採取
私が一番適合したからだったか、他の2人になにか事情があったかだったか、今回は私が提供することになりました。
骨髄液は血液と一緒。
結構な量の髄液を抜くので、ドナーの血が足りなくならないように本手術前に輸血用に自分の血を取っておきました。
人の血の輸血だと今後献血できなくなったりするらしいのですが、自分の血の輸血ならそういうこともないらしい。
本手術の一週間前くらいに自己血を取りに手術する病院に行きました。
そしてこの当たりで最終意思確認がありました。
本当に提供してくれますか?と。
患者さんは骨髄移植の準備のために準備を始めるらしいです。
健康な髄液を入れるため、自分の病気の髄液を抜く?詳しくは忘れましたが、提供ありきの移植準備なので、ドナーが提供しますって言っておいてやっぱりやーめた、とかなると患者さんはもう治るどころか死に直結してしまうそう
なので重要な最終意思確認なのだと思います。

ドナー手術
さていよいよドナー手術。
3泊4日の入院です。
初日はまったくの健康体なのになぜか前泊しました。午後から入院。でも術前準備とかあるわけでもないのでホントにホテル泊ってる感じ。こうやって振り返ると当日朝病院行ってもいいんじゃ?と思いますが・・・。
病室にシャワーとかもあるような個室でした。
個室がいいですとか言ってないのでなんか気まりがあるのかもしれません。
手術は全身麻酔。
眠っている間に全部終わってます。
当日朝9時くらい?に手術室に運ばれていきました。
麻酔の先生が数字数えてるあいだに寝てて、次は手術室から帰るときに看護師さんに起こされました。
まだ麻酔効いていたので、寝かせておいてくれたら良かったのに・・・と思ったことを覚えています。
たしか昼くらいでした。
手術はなんの問題もなく終わったらしくて、自分のとっておいた血液も無事戻っていたみたいで、私の骨髄も飛行機に乗って飛んで行ったみたいです。
髄液は腰から取るのですが、当時は腰が痛かったです。確か。
その日の午後はずっと寝たきり。麻酔も効いていたしうつらうつらして過ごしていたような?点滴とかしてたのかな?
追加の痛み止めとかもらった記憶はないです。
夜くらいにはもう立ち上がれていました。
その日は当然入院で、看護師さんが何度も様子を見に来てくれたり、あと親が見舞いに来てくれました。
コーディネーターさんは朝からずっとおられた気がします。
次の日。
腰が痛いのはありました、気分が悪いとかも全然なくて普通に元気。
病院の1階にコンビニが入っていたのでコンビニ行ったり暇すぎて困ったので親に漫画もってきてもらったりDVD見て過ごしてました。
この日も入院。
入院最終日。
普通に午前中に退院でした。コーディネーターさんが見送りにきてくれました。

その後
4日休みをもらったので次の日から働きに行きました。
この辺から腰が痛いというか腰がだるい感じになってます。一週間くらいはだるいような違和感がありました。
しかしそのうち気にならなくなって、10年後の今は思い出さないと忘れているくらいです。

かかった費用
当然かもしれませんが、私が支払ったものはありません。
入院費や骨髄の輸送代は患者さん側に請求されるそうです。
詳しい血液検査や自己血採取などで入院以外に計3回病院に行ったのですが、その交通費も出してもらいました。あとテレビカードももらったような?
交通費とかは骨髄バンクの募金とかで賄われているのでしょうか?
テレビカードとかは案外コーディネーターさんの自腹、とかもあるかもしれないです。
かかった費用はありませんが、しいて言うならば、仕事を休んでも休業補償はないのでバイトをされている人とかはそのあたりが金銭面ではしんどいかもしれません。
血液検査と自己血採取と入院で最低6日は休まないといけないので。
今は10年前より補助がある自治体も会社もあるので改善されているところもあると思います。

終わりに
私は特に後遺症とかがなかったからかもしれませんが、しなければ良かったと思うことはありません。
今は結婚して子供もいたりで独身の頃と事情は変わりますが、それでもまた適合することがあるならまた提供したいと思います。
それは見知らぬ誰かに助かって欲しいと思う気持ちより、患者さんが私の大切な誰かだったら、きっと藁にも縋る思いでドナーを待っているのではないかと思うからです。
自分に子供がいて、病気の子供さんのブログとか拝見すると余計に思います。
提供相手が子供とはもちろん限らないのですが、それでも生きたいと願う人の、生きていて欲しいと願う人の、私の髄液がその力になるなら、と思うんです。
FullSizeRender
実家に飾ってある感謝状。
なぜか親が私の小学校の頃の写真を一緒にいれています(笑)

骨髄バンクの団体を通して患者さんと手紙を交わすことは可能でしたが、私はやりとりすることはありませんでした。
患者さんがどうなったか全然分からないのですが、元気に誠実に生きていてくれたらなあと思います。


スポンサードリンク